ノベルなび

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堀川上ル(わんでるんぐ)<一条戻り橋>


ジャンル:ミステリー・ホラー
場所:一条戻り橋
    Ichijo-modoribashi

 桜の京都を見物しようと来たのはいいが、名所はどこも花の数ほど人がいる。穴場はないか、宿の主人に尋ねると、夜の二条城はどうだと言った。
 夕刻、頃合いを見計らって白塀の城へ足を向けると、丁度昼間の客を追い出している最中だった。再開城まで小一時間、どうしようか。きょときょとしていたら、普段着の人たちが、疎らな木立の間へ沈んでいくのが見えた。交差点を渡ると、車除けも真新しい、小さな人工の川がある。そうか、この通りの名は、堀川だったな。階段を下りたら、大人の踝ほどの深さの流れに沿って、遊歩道が上流へ続いていた。暇潰しにぴったりだ。踏み出した途端、後ろで大きく水の跳ねる音がした。
「いやぁ、きつきつ堪忍え、濡れてやおへんか」
 春の夕間暮れ、残光を一点に集めたような黒髪の少女が、濡れたつま先をにじっている。酔狂な、水の滴る草鞋を鳴らして近寄るのを、呆れて眺めるうち、ついと近くの建物を指差した。
「あっちの方が、よっぽど水のようどんな」
 ん、でも、ふ、でもない、柔らかに鼻へ抜ける語尾に、くすぐったい想いで指す方へ目をやると、確かに薄青の窓ガラスが建物一面に清水を流したようだ。上手いことを言う。
そう返そうとしたら、足跡を残して、ずっと先へ行っていた。つい追いかけると、
「ほんま、しょぼくさいわぁ」
 濡れた草鞋を気にして、ぴた、ぴた、打ちつけるように足早に歩く。肩削ぎの毛先が、つられて跳ねる。おっとりした口調に似合わぬ足取りに、覗き込んだら、
「よさり遅うならんうちに」
 心細そうに、何度も繰り返していた。
 幾つ橋をくぐったろうか、川縁の石組みは、歪な大石、古煉瓦、と次々に変わった。川幅も広くなったり二筋に分かれたり、最後にぱっと開けて明るくなったが、小ぶりな橋の先から、急に両岸の大木が迫って、うっそりと暗い。と、
「やっと着きましたえ」
 小躍りして、少女は橋へ上がった。欄干に、「戻り橋」と銘がある。ちょっと待て。
「はよう。おいえおあがり」
 小さな手が袖を引く。まずい。ここは冥界の境だと、ものの本にあったじゃないか。
「止めときよし」
 竦む身を、華を含んだ声音が解した。
「いけずなねえさん、ちょろこい思たのに」
「見とおみ、えらいいきったはるわ」
 囃し立てる声が、逃げる背に追い縋る。愛らしく笑いさざめく中、少女の声が、一際高く響いた。
「おはようおかえり」
 いいや、断る。私は、必死に駆け続けた。

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